明日世界が終わるとしても・・・・・・

毒とエログロナンセンスと妄想と  きっと何の役にも立ちません

人たらし

知り合いの知り合いの弟( 大学生)・・・だから私にしたら赤の他人だけど、

その子が就活に苦労していると聞いた

60社ぐらい受けてダメだったって、まあそんな話は珍しくもなんともないけど

一流大学で、性格もいい子なんだけど、押しが弱いとかアピールする事がないらしいって 

それで闇雲に、ではないとしたって60社とか受ける気力がすごいと思う

 

学生の時やっていたバイト先にいた人が急に何人も辞める事になって、動ける人間がいないから悪いけどもうちょっともうちょっとと続けているうち結局そのままそこに就職して居続ける事になった私は、いわゆる就活の大変さを知らない

入りたい会社に入れないのも、好きな人が振り向いてくれないのも

思いが通じない事の切なさに人格を全否定された気になってきっと荒むことになるのは想定できるけど

ちょっとした遊びのつもりが、腐れ縁でズルズルとした関係を続ける事になった男女みたいな、「 会社 」と言う男でも 

その男 その仕事に選ばれたのか、他に選ばなかったからか、今となっての成り行きは別にそれがいいとも悪いとも、扉が開いてたから入ってみたというだけだってそれなりに生きている

会社側が、あの時私を引き止めなければよかったと後悔していなければいいけども

 

だから← と言う接続詞は不遜なのかも知れないけど

何十社も不採用って、やっぱり高望みしてるんじゃないの??? って、どうしても思ってしまう

それなり、なんてゆるさじゃなく、自分のスキルを最大限に活かせる職場で働きたい、とか思ってのエントリーだとしても

チャレンジすることに意味があることとそうじゃないことは絶対にあるし、就職でも恋愛でも ダメ元がうまくいくなんて、そんなに甘くはないでしょう

 

で、2012年経団連調査(582社)「 企業が大学生の採用選考で 特に重視した点 」

 

一位を除く その他は以下のとおり

○主体性

○協調性

○チャレンジ精神

○誠実性

○責任感

○論理性

○潜在的可能性

○専門性

○職業観、就労意識

「 最重視した点 」 が、「 コミュニケーション能力 」

9年連続 一位 らしく・・・・

 どうやって そのスキルの高低を、優劣を 決めるのか

コミュニケーション、意思疎通における 円滑さの数値化・・・・??

試験とか 設問があるの??

 

要するに 打てば響くとか、臨機応変な対応とか、どれだけスムーズに会話なり 応対のキャッチボールができるか・・・・

 

 平たく言えばそう言う理解でオッケー?? みたいな??

 

でも大学の偏差値みたいに、客観的に測定可能なもの以外、

コミュニケーション能力も含んだ総合人間性 と言うようなものを査定の基準にする時

 

たとえば 求職者のディスカッションの席で

 

落ち着いた声でゆっくりと意見を語り、誰かが異論を述べると にこやかにうなずき 素直に自分の誤りを認め

 

「 ご明察、あなたみたいな方こそ、この会社にふさわしい人物ですね。 私なんか、とても及びません 」 

と、譲るような人物であるとか、

 

重役面接 で 

「 ちょっと申し上げてよろしいですか?? 御社の営業戦略には 致命的な誤りがあると思うので失礼ながら資料を用意しました。それをご覧になりながら話を聞いて下さい 」

 

と、言うような人物であったり、

そう言う人物は、過剰な何かと欠落した部分が抵触してコミュニケーション能力値が高いとみなされないだろうからきっと不採用なんでしょ??

・・・・・・・・でもなんかつまらない

選ぶ側だって、コミュニケーション能力が万全なのかって言ったらそんなことは絶対ないはずなのに、勝手なこと言ってまったくいい気なもんだ 

 

コミュニケーション能力を言い換えるなら 人たらしの才能

就活なら

「 そいつ自身の総合スキルも大した事ないかも知れない人事のオヤジ 」を騙して、

いかに、自分が人間的深みのある人間に 見せるか・・・・・・ 

 

人でごった返す狭い通路を空を飛んででも、地下にもぐってでもリングに上がって 騙したもん勝ち、たらしたもん勝ち 正攻法が使えないなら

どうすればいいか考える事だって試される力のひとつなんだから

 

チャンピオンフラッグを勝ち取っても そこから先も永遠に試合は続くけど、努力し続ける価値のある会社なら頑張ればいい

 

自分に言い聞かせてる気もする

 

 

 

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